感情移入とはなによりもまず他人の内側で起きていることを身体的に再演することから始まる。
そこからしか始まらない。
場合によってはそこで終わる。
それでもよいと私は思っている。
書物を読むというのは理想的にはその書き手の思考や感情に同調することであるけれど、よほどの幸運に恵まれないかぎり、そんなことは起きない。
私たちにできるのは、文字を読むことと音声を聴くことだけである。
書き手の脳内に何が起きたのかを知ることはきわめて困難であるけれど、書き手がその文字を書き記していたリアルタイムにおいて書き手が「その文字」を視認し、「その音声」を聴取していたことはまちがいない。
その文字を見つめ、音を聴く限り、読み手と書き手は「同じ経験」を共有している。
「作者は何が言いたいのか?」というようなメタレベルに移行した瞬間に、「同じ経験」の場から私たちは離脱してしまう。
あらゆる感情移入はまず身体的体験の同調から始まるべきだと私は思う。
「明智小五郎が好きだったの。それで『明智小五郎って、どんな人?』って訊いたの。そうしたら『腕を切ったら、青い血が出てくるような人だよ』って言うのよ。そうしたら『うわぁ』って言ったら、『分かるのかい?』って言うの」
「それで『素敵じゃない。だって、ハンサムで知的で、腕を切ったら青い血が出てくるような人なんて』って言ったの。そしたら江戸川乱歩先生は『君の腕を切ったら、どんな血が流れるんだい?』っておっしゃるの。私は『はい、七色の血が出ます』って言ったの。そうしたら、『面白い、じゃあ、本当に切ってみよう』って言って、包丁を持ってくるように仰るの」
「あの人相でしょう…本当に切りかねないな、と思って。『お止めなさいまし。切ったら七色の虹が出て、目が潰れてしまいますよ』って言ったの。そうしたら『…キミ、一体いくつだい?』って訊かれるの。『はい、16です』と申し上げたら、『16でこのセリフかい…』って仰って、そこから交流が続いたの」
森鴎外訳の「モルグ街の殺人」はすごいよ。冒頭のデュパンとわたしの会話を全部カットしてあって、「つまらんから飛ばした」と注記してあるのw。
わかりやすいパワーポイントプレゼンテーションは、スライドは10枚以内、時間は20分以内、フォントは30ポイント以上であるべきというもの。出自はこちら。
出版社やIT関連企業、広告代理店などが参加する「雑誌コンテンツデジタル推進コンソーシアム」は11日、雑誌コンテンツをネット配信するプラットフォームの実証実験の概要を発表した。雑誌専門のポータルサイトや著作権処理ルールなどを検討し、2011年度の事業化を目指すという。
実証実験では、雑誌コンテンツを記事単位で配信するためのポータルサイトを2010年1月上旬に構築。雑誌コンテンツのデータは印刷会社に提供してもらい、出版社側で書籍情報や検索情報などのメタデータを付与した上で配信する。
ポータルサイトで雑誌コンテンツを選ぶ方法としては、雑誌名別やキーワード検索、新着記事/雑誌、注目キーワード(タグクラウド)、レコメンド、人気ランキング、全文検索、見出し検索、ジャンル検索などを想定している。
香山氏は、本書で次のように書いている。
「私は、『がんばれば夢はかなう』とか『向上心さえあればすべては変わる』といったいわゆる“前向きなメッセージ”を聞くたびに、診察室で出会った人たちの顔を思い出して、こう反論したくなる。『あの人はずっとがんばっていたのに、結局、病気になって長期入院することになり夢は潰えたじゃないか』『両親とも自殺して、育ててくれた祖父が認知症になっている彼女が、どうやって向上心を出せばよいのか』」
私の担当している患者には勝間本の読者がほとんどいないので、香山氏が指摘するように勝間本を読んで「うつ」になっている人にはまだ会ったことがないのだが、勝間氏の本を読んでいると、たしかに「人間の弱さ」「だらしなさ」「理不尽な宿命」といった、人間性の重要な一部への配慮がきれいさっぱり切り捨ててあるように思われてならない。
人間は自発的な生き物であり、自発的な意志を持たない人間は不幸なのだ。
と、そう考えると、私などはちょっと息苦しくなる。
同じように感じている若い人たちは少なくないはずだ。オレって、夢がないんだろうか、と。
そんな就活生の皆さんは、ぜひ、力を抜いて、くじを引くぐらいな気分で就職活動にいそしんでほしい。
数打ちゃ当たるというのが、今も昔も、この世界における最も心強い原則だ。
簡単にあきらめずに、しかし、入れ込みすぎずに、気長に構えてくれ。
自分にどんな適性が備わっているのかがわからないのは当然(だって、そんなことは、やってみるまでわかりようが無いでしょうが)だとして、自分が何をしたいのかだって、半分ぐらいの就活生は、よくわかっていないはずだ。
「ん-、何がしたいのかと申しますと、私は休日にゆっくりできて、食べるに不自由のない生活が送れれば満足です。それ以上は望みません」
「っていうか、正直に言うなら、やりたいことは特にありません」
「いや、内定が欲しいだけで働きたいわけじゃないです。当然でしょ? 御社にしたって、ほかの内定次第では蹴るつもりですよ」
「自己アピールとか、そういう話にはうんざりしています。お互いウソをつくのはやめようじゃないですか」
「志望動機って、つまり御社についてうまいお世辞を言えってことですか?」
なんて、こんなことを言うと面接で落とされるに決まっているから、意欲ありげな話をしているだけで、本当のところ、大半の学生は自分の願望すらうまく見つけられていない。
それで良いのだ。
人を幸福にするのは意欲や夢ではない。
むしろ夢は人を不幸にする場合が多い。
でなくても、夢を持っている人間は面倒くさい不満屋だったり、話のわからない堅物だったりして、付き合いにくい。
面接で型どおりのウソをつけるようになることが、社会人として世間に対応するための最初の関門ではあるのかもしれない。
とはいえ、面接官は、学生のウソを見破っている。ただ、ウソであれ芝居であれ、真摯に取り組んでいる人間の態度は人の心を打つ。そう思って頑張ってみてほしい。
面接は、実力であるように見えて、あれは面接官との相性だったり、その年の採用傾向の偏りだったりして、結局のところ、大筋としてはドラフトと同じく、偶然が結果を支配しているところのものだ。
偶然に支配されない方法はないのだろうか。
偶然から自由なのはコネ入社の人たちだけだ。
でも、彼らは、必然というよりやっかいな宿命に囚われている哀れな囚人だ。
と、そう思ってこの困難な期間をやり過ごしてくれ。健闘を祈る。
日本神話の第二の特徴は、現代の文明諸国の中で今も生きて いる唯一の神話だということである。ギリシア神話もゲルマン 神話も、現代人にとっては本で読むだけのものになってしまっ ている。 日本では、天照大神を祀る伊勢神宮は20年ごとに建物全て を建て替える「式年遷宮」を1300年の昔から現在に至るま で続けており、毎年600万人もの人が参拝に訪れる。天照大 神の直系の子孫たる皇室は国民統合の象徴になっている。全国 津々浦々の無数の神社では古事記・日本書紀に現れる八百万の 神々を祀り、正月や七五三は参拝者で賑わう。 神話的思考・感覚と言えばそれは「はるかなるもの」を 思いやる心であり、畏れであり謹みであり、同じ歴史に連 なる者としての豊かな共感ということになる。[1,p87] 新年が明けて最初の日の出を見れば、誰でもが清々しさを感 じるだろう。そのお日様を、我々の祖先も数千年に渡って、生 命と平和を尊ぶ天照大神として崇めてきた事を知れば、「同じ 歴史に連なる者としての豊かな共感」を抱くことができる。同 時に万物を育成するお日様に対して、「はるかなるもの」とし ての畏敬と感謝の念を新たにする事ができる。神話は我々の情 操を豊かにしてくれる先祖からの贈り物なのである。
帰ってみると嫁が酔っ払っている。
通勤でストッキングが伝線したんだとか、信号があたる度に赤だとか、
スタバでソイラテ頼んだら普通のミルクだったとか、何度もコピー用紙補充したとか、
上司に嫌味を言われたとか……色々と今日はツイてないと言う。
こんな日は飲むしかないよね~といいつつ、惣菜の中華サラダをつまみにグラスを煽る。
流しにすすいだビールの缶が幾つも並んでいる。
俺も飲もうかなと冷蔵庫を向くと、そうしなぁそうしなぁとうんうん頷く。
野菜室からネギを出して刻む、フライパンを温める、まな板とナイフを洗う、
買ってきたハツとネギを手っ取り早くゴマ油で炒める。嫁の分はしょうがも入れる。
おーつまみが増えたと喜び、帰ってきてから初めて笑顔を見せる。
ふと気付いたように、あぁおかえり言ってなかったねと自嘲する。
もう言ってもらったよと嘘を言い、嫁のグラスを取り上げる。
まだ飲むんだからと不満げな嫁に、冷凍庫に入れておいたカップを渡して
プシッと開けたばかりのビールを注いでやる。
何がそんなに感極まったのか、
微かに聴こえるぐらいにありがとうと呟き、泣き出してしまう。
嫁の背中を撫でながら、頼られるとちょっと嬉しいなと思う金曜の夜。